1. 研究分野 - 膜タンパク質の生物化学

 病原菌などのバクテリアからヒトまで、生物を構成する細胞は共通に生体膜に囲まれて外界から隔てられている。また、多くの生物が細胞内に持つ小器官も閉じた膜構造をそなえ、高度に組織化された役割分担を果たす。
 膜タンパク質は生体膜にあり、呼吸・代謝・膜輸送・情報伝達など種々の生物学的過程で中心的な役割を果たす分子装置である。 
 生命の設計図であるDNAが直接指定するのはタンパク質である。タンパク質を大きく分けると、可溶性、核酸結合性、細胞骨格関連の各タンパク質および膜タンパク質に分類できる。生物の設計図を丸ごと解読するゲノム-プロジェクトの成果によって、膜タンパク質はこれまで考えられていた以上に質的にも量的にも重要であることが分かったきた。
 生命現象を分子レベルで実験的に研究する生物化学の分野が、歴史的にはまず、取り扱いの比較的やさしい可溶性蛋白質を対象に発展したのに対し、複雑な高次構造を構成する膜タンパク質の研究は遅れていた。
 しかし界面活性剤の開発や遺伝子工学的手法の発展など研究技術の進歩により、今や「しゅん」の研究分野となった。
 

2. 研究テーマ - 呼吸鎖酵素複合体

 多くの生物は、呼吸(いき)をすることによって「生き」ている。
すなわち食物(有機物)を酸素O2 で酸化することによってエネルギーを獲得している。呼吸の中心的な機能も膜タンパク質の酵素複合体がになっている。これら複合体群は、酸化還元反応の連鎖に共役して水素イオンH+ を輸送することが本質的に重要である。
 当研究室では主に、高温環境下で生きる好熱菌や、食品生産や医療、発酵工学の面で重要なアミノ酸発酵菌などを対象としている。近年、バシラス属好熱菌の新たな酸化酵素複合体を2つ同定・精製し、その性格を明らかにしてきた(下、左図)。
 一方のシトクロムbo3 型シトクロムc 酸化酵素は極限環境生物に特有のタイプの酵素であり、他方のシトクロムbd 型キノール酸化酵素は新しいサブファミリーとして最初に単離された。ともにめざましい特徴のあることが分かり、エネルギー変換のしくみや分子進化を明らかにする上で重要である。またアミノ酸発酵菌が、シトクロムc を融合したシトクロムbc 複合体と、酸性残基と塩基性残基に富む挿入ループを含む酸化酵素とからなる新規なタイプの呼吸鎖を持っていることも明らかにした。
 また、超好熱菌や古細菌などにも手を広げた。さらに、全ゲノム配列データベースを検索することによって、好気性菌の間で呼吸鎖酵素のさまざまな組合わせがあることが分かった(右図)。分子進化に基づく通時的な関係と生理的機能の共時的な関係は複雑なネットワークをなしていることが明らかになった。さらなる応用面として、アミノ酸発酵菌を遺伝子工学的に改変する試みは、汎用の可能性も示唆しており、広範な影響を与えうる。

2つのグラム陽性菌の呼吸鎖   呼吸鎖の共時/通時ネットワーク