倉田博之


経歴
1988 東京大学工学部化学工学科卒業
1993 東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻博士課程修了 博士(工学)取得
1993-1994 東京大学大学院工学系研究科化学工学専攻助手
1994-1996 カリフォルニア大学デービス校植物病理学科(分子遺伝学)
      日本学術振興会海外特別研究員
1996-2000 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻助手
1996   化学工学会玉置明善賞受賞
2000-2006 九州工業大学情報工学部生物化学システム工学科助教授
2006-2018 九州工業大学大学院情報工学研究院生命情報工学研究系教授
2018-    九州工業大学大学院情報工学研究院生命化学情報工学研究系教授
2012-2020 九州工業大学バイオメディカルインフォマティクス研究開発センター長
社会活動
所属学会
化学工学会
日本生物工学会
日本バイオインフォマティクス学会
教育活動
化学工学実験、生命工学実験、有機化学演習、生命工学演習
解析II,微分方程式,プログラム設計,バイオシミュレーション,生命情報工学特論
科学技術英語

研究のみちのり
大学卒業研究以来これまで、有機合成分離膜の開発、光バイオリアクター設計、植物の遺伝子工学、生命システム解析といろいろな分野に取り組んできたが、私が常に忘れなかったことは、理論的・定量的アプローチを行うことであった。複雑な現象をあるがままにみるというよりは、そこから本質的因子を抽出して、抽象化されたレベルで事象の原理を解明したいということである。情報学・システム工学的手法で解決したい。

私のバックグラウンドの化学工学では、化学プロセスのような現実の複雑なプロセスをどのようにして定量的に理解し、実用的な意味で価値のある理論体系を作るかということが課題である。有機合成分離膜で荷電量の異なる2つのタンパクを分離する卒業研究では、タンパクの分離のメカニズムをドナン平衡、拡散の理論を用いて解析した。タンパクが膜に吸着すること、あるいは目詰まりといった現実的(泥臭い)問題を考慮することが大切である。大学院における光バイオリアクターの設計では、植物細胞による有用物質生産を光によって促進するための最適なリアクターの開発を目指して、リアクター内における細胞による光の吸収、散乱を数学的モデルでシミュレーションする手法を開発した。光が生産に決定的な効果をもつことを示して、光に対する生産挙動の予測を行うことに成功した。この予測では光に対する細胞内の分子レベルでのメカニズムを詳細に考えることなく、実用的生産で通用する現象論的モデルを用いた。その一方で、細胞内で起こっている分子レベルでのメカニズムに興味がわいてきた。細胞システムの動的挙動の基盤となる分子レベルのメカニズムを、物理学のように理論整然と理解したい、あるいは、工学的体系を用いて解明したいと考えた。そのためには、生命現象を分子レベルに還元して理解する分子生物学を学ぶ必要があることを痛感し、カリフォルニア大学博士研究員として、分子遺伝学の研究を行った。植物の光レセプタータンパクであるフィトクロムとそれに応答するプロモータを組み合わせたシステムを構築して、光による遺伝子発現制御を試みた。制御は思ったようにはうまくいかず、フィトクロムとプロモータの要素だけでなく生体分子ネットワーク全体を考えることが必要であると感じた。

帰国後、化学生命工学科という新設の学科で職を得て、植物の遺伝子工学研究をすると同時に、個人的には分子間相互作用からなる生命システムの設計原理を解明するという目標をたて、計算と実験の両輪を用いて研究を開始することにした。

九州工業大学に着任してからは、システム生物学やバイオインフォマティクスの研究を本格的に開始した。遺伝子の配列がすべて明らかになり、その遺伝子機能をシステマティックに解明することが求められる時代となった。私の予測では、生命の部品(ハードウエア)とその機能(ソフトウエア)が明らかになった後、部品を組み立ててシステムを構築する方法が必要となるであろう。分子システムを試験管の中で合成する方法と、コンピュータ上で組み立てる方法がある。両者の方法はそれぞれ助け合って初めて生命の人工的な合成が可能になるである。実現された形を想像すれば、Computer-Simulation-Aided Design of Biological Systemsである。私は計算的アプローチからこの課題に取り組んでいる。私たちの方法は、これまでの生命現象の詳細なシミュレーションとは異なるもので、生体分子ネットワークから生物設計原理(構造と機能の関係)を抽出し、それをもとに生命を合成することである。生命システムをアルゴリズムという抽象的なレベルでとらえることで、情報科学や制御理論を用いて、システムの振るまいを理解できるようになる。

教育の抱負
1.「心技体」の充実
学問や仕事にどのように取り組んでいくべきかというを基本的考え方を身につけよう。「心」は、社会に対して工学技術をもって貢献することが価値のある生きがいとなる反面、その使い方を誤ると逆に社会に対して害となることを心得て、科学技術の運用には責任が常に伴うことを理解することである。最近見られる食品や医療現場での技術的というよりは常識や良識の欠如、高度なインターネット技術をもつ人たちの犯罪は、技術者、科学者がその本来の責任を忘れることに起因する。高度な技術を身につけていても、「心」が充足していなければ、技術が社会を益するどころか害になるであろう。そして、研究、仕事において、妥協ではなく和合していくことが大切である。科学技術者として正しい意見を述べたとしても、周囲の理解が得られないことは多々あるであろう。そのようなとき、安易に妥協したり、あきらめるのではなく、相手の身、社会の立場にたって考え、行動して欲しい。粘り強くことにあたる強い精神力をもつことが大切である。そのような「心」を持った自立した技術者・科学者をめざそう。「技・体」についてはあらためて述べるまでもないが、「技」は専門的な技術のことである。コンピュータ技術、遺伝子組換え技術など現在、あるいは将来、社会から要請されるで技術を習得することである。「体」は文字通り健全な体といってもよい。

授業、研究活動を通して専門技術、すなわち、「技」を磨くと同時に、「心」を重視したい。専門技術は洗練された大学の教育システムの中で十分に身につくものと考えるが、「心」はそれだけでは不足であろう。共同で行う研究活動を通して、工学者の倫理だけでなく、技術的困難に対して妥協することなく、挑戦することを学ぶことが大切である。また、自己の能力を限定することなく、可能性は無限に開かれていること、世界はとても広いこと、そして、世界が皆(学生)の活躍の場であることを理解しよう。これまでの経験から、学生の中には、偏差値のような、特定の時間に必ず解答のある問題をどれだけこなせるのかを示す基準の適用範囲を誤解しているものが多いように見える。その基準が適用できるのはいわゆる選抜試験だけである。学問あるいは社会における仕事は、問題を自分で設定して、目標にできる限り近づくことである。それへのアプローチは個々によってさまざまである。このことを本当に理解することはたいへん時間のかかるプロセスであるが、私は、人生のできるだけ早い段階で理解することが重要であると考えている。大学という比較的閉鎖され、均質の価値観からなるコミュニティーから、多様な価値観が存在する社会に目を向けるために、学生時代から大学外で活動する機会(国際会議)に参加して、世界レベルで研究成果を競いあうことが大切であろう。

2. 国際競争の中での生命情報工学の取り組み
九州工業大学の歴史をみるに、九州・日本の工業活動に優秀な科学技術者を輩出することによって、社会に貢献して、その価値を評価されてきたことがわかる。重化学工業の勢いがなくなりつつある今日、情報化、バイオテクノロジーによる産業、医療、福祉への貢献が、将来の九州、日本の産業発展に求められる。そのような中にあって、情報工学部生物情報システム工学科の発展は実に大きな意味をもつ。本学科が社会のニーズに答えることができるか否かは焦眉の急であり、私としては、そのようなことを念頭において、九州・日本の産業界で求められる、生命情報技術者・科学者を育成したい。同時に教育を受ける側も、自分の役割を身勝手に考えるだけでなく、地域、社会のニーズを知ることが求められる。また、情報・バイオという国際競争の熾烈な分野では、常に世界標準という意識をもたなければならない。自分のいる場所が地理的にシリコンバレーから遠いからといって、仕事の評価が世界標準から逸脱するものではないのである。逆に、情報化社会であれば地理的場所に関わらず、世界標準の国際競争にさらされているのである。

3. 個性の尊重と長所の促進
人をひとつの基準で評価してよいのであろうか。大学入試はひとつの基準の典型例であるが、個性の異なる学生を同一の基準で選抜することは、現実の社会状況からみるとやむをえないことかもしれない。一方、社会において産業において、利益の追求が強力な評価基準であることは当然かもしれない。しかしながら、大学においては一人の教員に対して、10名前後の学生数なので、個性を尊重した教育、研究活動を行うことは十分に可能である。そのためには、個性、多様性を認めること(これはこれまでの日本では不得意であるが)をしなければならない。学生の側も見かけの価値観に流されて行動することではなく、本当の価値観を身につけて、お互いに長所を発見しあい尊重することで共同活動を行っていこう。具体的にはコンピュータの得意な学生、実験の好きな学生、面白いアイデアのある学生それぞれの個性を伸ばすような研究テーマを見つけ出すことである。欠点を探すことではなく、長所を発見することが最も大切である。