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研究内容


科学技術の発達に伴いこれまで分からなかった多くの生命現象が明らかにされ、医薬品の開発など私たちの生活に密接に関連した分野の発展につながっています。 しかし現在、依然として多くの生命現象が未解明のままであり、より優れた分析技術の開発が望まれています。私たちは、遺伝子工学・タンパク質工学的手法を 利用して、既存の手法には無い特性を有した生体成分を対象とした分析技術の開発を行なっています。特に、特殊な酵素反応系を利用した、タンパク質を対象とした 分析技術の開発を主要なテーマとしています。


1.特異な酵素反応を利用したプロテインタグシステムの開発


 近年、生物の持つすべてのタンパク質の構造や機能を解明することを目的とした、プロテオーム解析が精力的に展開されています。このようなプロテオーム解析に 、積極的に活用されている技術にプロテインタグシステムがあります。プロテインタグシステムは、分析対象のタンパク質にある特定のアミノ酸配列をタグとして 導入して、そのタグの性質を利用してタンパク質の分離・分析を行う技術です。標的タンパク質へのタグの導入は、遺伝子工学的手法を利用してDNAレベルで行います。 すなわちタグをコードするDNA配列を、標的タンパク質をコードするDNA配列に連結し、発現プラスミドへ組み込むことによって、細胞内でタグを有する標的タンパク質を 発現させます(図1)。このように人工的に導入することができるタグに様々な機能を付与することによって、標的タンパク質を細胞内から容易に回収することや、標的 タンパク質の細胞内外での様々な解析が可能となります。


図1 プロテインタグシステムの概念図

 私たちは、ある古細菌(Sulfolobus tokodaii )由来の特殊なビオチン化酵素反応系を利用して、プロテインタグシステムの開発を行なっています。同酵素反応系 では、ビオチン固定化酵素(BPL)が、その基質タンパクであるビオチン担持タンパク質(BCCP)にビオチン(水溶性ビタミンの一種)を固定化する反応を触媒します。 この古細菌由来のビオチン化反応系では、酵素であるBPLが、反応生成物であるビオチン化されたBCCPと非常に安定な複合体を形成します(図2A)。このような、 酵素がその反応生成物と非常に安定な複合体を形成するという性質は、酵素化学の常識から逸脱した奇妙な現象です。酵素は通常、反応をターンオーバーさせ、 多くの反応物を生成する必要がありますが、この酵素反応系では反応がターンオーバーしないのです。私たちは、このような古細菌由来の特異なビオチン化反応系を 利用して、新たなプロテインタグシステムの開発を行なっています(図2B)。すなわち、BCCP部位をタグとして標的タンパク質に連結し、BPLとの相互作用を利用して 標的タンパク質の分離・分析を行ないます。例えば、固相担体に固定化したBPLを使ってビオチン化反応を行うことにより、標的タンパク質の特異的な捕捉が可能となります。 また、蛍光色素で修飾したBPLを利用してビオチン化反応を行うことにより、BCCPタグを導入した標的タンパク質の蛍光ラベル化も可能となります。


図2 古細菌S. tokodaii由来のビオチン化反応の模式図(A)及びそのプロテインタグシステムへの応用(B)

 実際に、BPLを固定化した磁気ビーズを利用して、細胞破砕溶液から、BCCPタグを連結した標的タンパク質を精製することに成功しています(図3)。また、 ビオチン化反応を介して、表面プラズモン共鳴(SPR)法のセンサーチップ上に、標的タンパク質を固定化し、タンパク質間相互作用を解析することにも成功しています (図4)。一方で、蛍光色素で修飾したBPLを利用して、細胞表層で膜タンパク質を蛍光イメージングすることもできます(図5)。さらにBPLと蛍光タンパク質の 融合タンパク質を細胞内で発現させることにより、細胞骨格の蛍光イメージングも可能です(図6)。


図3 BPL固定化磁気ビーズを利用した、細胞破砕溶液からの標的タンパク質の捕捉

図4 SPRセンサーチップ上でビオチン化反応を介して固定化した標的タンパク質に対する相互作用解析

図5 ビオチン化反応を利用した細胞表層での膜タンパク質の蛍光イメージング

図6 ビオチン化反応を利用した細胞骨格の蛍光イメージング


2.テルビウム結合性ペプチドを利用したプロテインタグシステムの開発


 タンパク質の分離・分析を目的としてこれまでに様々な種類のタグシステムが開発されていますが、依然として、標的タンパク質の生理活性への影響を最小限に止め、 汎用性の高い手法の開発が望まれています。私たちは、テルビウムイオンの発光能及びペプチドに対する結合能を利用した、20残基未満のアミノ酸配列からなるタグの 開発を行なっています。テルビウムイオンは、水溶液中では直接に光励起することは困難ですが、光増感剤からのエネルギー移動を利用して容易に発光させることが 可能です。テルビウムイオンからの発光は、1)ミリ秒オーダーの発光寿命を有する、2)発光バンドがシャープである、3)ストークスシフトが大きいなどの通常 の有機蛍光色素には見られない特性を有しています。特に、その長い発光寿命を活用し、時間分解蛍光測定を行なうことにより、生体成分を高感度に検出することが 可能となります。
  私たちは、テルビウムイオンに対して、高い親和性を有するアスパラギン酸と、光増感剤として機能するトリプトファン残基を組み合わせたペプチド配列を設計し、 そのプロテインタグとしての有用性を検証しています。実際に、目的タンパク質に対して、設計したペプチドを連結することにより、テルビウムイオンを共存下、 目的タンパク質に発光能を付与することに成功しています(図7A)。また、設計したペプチド配列は、テルビウムイオンを担持したカラムと組み合わせることにより、 細胞破砕溶液からタンパク質を精製するためのタグとしても活用できることがわかりました(図7B)。


図7 テルビウム結合性ペプチドのタンパク質に対する発光タグとしての活用(A)および精製タグとしての活用(B)


3.タンパク質の自己会合能を利用したバイオポリマーの開発


 バイオポリマーは、その分子認識能や生分解性、生体適合性などの特性を活かして、医療や工業など様々な分野で活用されています。例えば高い分子認識能を有する バイオポリマーは、それらを各種センサーチップの固相基板上に固定化することにより、高選択的なセンサー素子として活用することが可能です。私たちは、ある 中度好熱菌(Bacillus thermodenitrificans)由来のピルビン酸カルボキシラーゼという酵素の1つの触媒ドメインが、ある特別な性質を有していることを発見しました。 そのドメインはビオチンカルボキシラーゼ(BC)ドメインで、炭酸イオンをビオチンに固定化する反応を触媒します。この好熱菌由来のBCは、溶液中で特別な会合形態 を取り、線上のポリマーを形成することがわかりました(図8)。またこのようなポリマー形成に基づいて、溶液中で沈殿を形成します(図9)。この現象は可逆的 で、加温すると沈殿が溶解し、冷却すると再び沈殿を形成します。私たちは、このような性質を有するBCを、生体成分を検出するためのセンサー素子として活用する ことを検討しています。BCは、基質であるATP、ビオチン、炭酸イオンを認識し、結合することが可能ですので、これらの検出素子として活用することが可能です。 実際に、BCを水晶発振子マイクロバランス(QCM)法のセンサーチップ上でポリマー化させ、そのBCを固定化したセンサーチップを利用してATPを検出することに成功 しています。


図8 Bacillus thermodenitrificans由来BCの特殊な会合形態

図9 Bacillus thermodenitrificans由来BCの可逆的な沈殿・可溶化現象